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来た道 行く道


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初釜

  1. 2009/01/06(火) 17:35:09|
  2. 季節
  3. | コメント:7
昨日は、私のお茶の先生の所での初釜でした。
床の間の、正月の飾りです。
初釜床
柳とか、八方の上には干し柿とか何やら決まりごとがあるようです。

お正月のお道具は特別のものを使います。
初釜長板

道具はみんな桐箱に入っている「箱書き」と呼ばれるものです。
初釜道具

掛け軸は、裏千家現家元の筆だそうです。
掛け軸
見る人が見ればわかるんでしょうが、私はさっぱりわかりません。

これは釜です。お湯が沸くと、釜が音を出すのですが、それを松風と言います。
釜

初釜は、先生へ明けましておめでとうございますの挨拶をすると、
懐石が始まります。
さすがに、最初の一枚しか写真に撮れませんでした。
気後れしちゃって^^;
お膳

最初は、一口で食べられるほどのご飯と、味噌汁と向こう付けが出ます。
そして、焼き物や煮物や蒸し物や和え物が出て、箸洗い、漬物が出て
終わりになります。

そして、濃茶(主菓子を食べる)、薄茶(干菓子を食べる)と進んで、
さようならとなるわけです。

先生がお年を召してきて、見ていると転ぶんじゃないかとハラハラします。
来年は大丈夫かなあ…


今日は、正月休みで2週間ほどいた娘がアパートへ帰っていきました。
お布団を片付ける時、思わず涙ぐみそうになりました。
へたれお母さんです^^;
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comment

  1. 2009/01/06(火) 20:10:57 |
  2. URL |
  3. cake
  4. [ 編集 ]
写真を見るだけで、気後れしそうです。あ~、緊張します。
箱書きも披露するんですね。始めて知りました。
懐石の料理まで、写真を撮っていただいてお疲れ様でした。
ちゃんと杯までついていますね。お酒は召し上がらなかったんですか。
正客は一番弟子さんですか?知識や教養がないと務まりませんね。
濃茶も出たんですね。美味しかったですか?

炉縁が凄く綺麗です。漆塗りなのでしょうね。
そんな炉縁は始めて見ました。

  1. 2009/01/07(水) 01:42:43 |
  2. URL |
  3. yukacan
  4. [ 編集 ]
着物をお召しになったのなら、足元はどうだったのかしら、と思ったけれど車でいらっしゃるならどんな天候でも大丈夫なのね。別世界のようだわ。この場にいるだけでも緊張して足がもつれそう。
懐石も先生が作られるのですか?お道具とかきっと貴重なものなのでしょうね。

お嬢さん帰ってしまったのですね。布団を片付けたともさんを想像して、私は泣いちゃったよぅv-217

このコメント3回目なの。どうしても送れないの。こんにゃろ!

cakeさん

  1. 2009/01/07(水) 14:44:08 |
  2. URL |
  3. とも
  4. [ 編集 ]
初釜は、3日から6日の4日間に渡って行われました。いつもの年ですと、一緒の曜日に稽古する仲間と同じ日にするのですが、今回は娘が帰る日でしたので、一日前の日にしたのです。そしたら、その日は、教授の方達ばかりで、いっそうのこと萎縮してしまいました。

この日のお正客は、どうやら年齢で決まったようです。教授の中でも80歳を越えた方がお正客をしていました。

懐石にはお酒も出ます。ご飯と味噌汁を食べ始めると、先生がお酒を持ってついで回ってくれます。そして、あらかたのお料理が終わると、また先生が八寸(海の物と山の物)とお酒を持って再度回ってあるきます。私は、娘が運転手をしてくれたので、堂々といただきました。もっとも、小さな杯に二杯ほどです。

お濃茶は、お濃茶用のお茶で、たっぷりと出ました。とろりと甘く美味しかったです。私はよそで開催されるお茶会には全くと言っていいほど出席しないので、こんなに贅沢にお濃茶をいただけるのは、初釜の時だけです。

炉ぶちも、箱書きですね。この贅沢なものは無論普段遣いはしませんが、お稽古の時でも、季節に応じて蒔絵の炉ぶちを使います。先生の所では二つ、炉を切ってありますが、片方は、かきあわせの地味なもので、もう片方は漆塗りの模様のあるものが使われています。

私の先生は、若い頃、裏千家家元の所でぎょう弟(内弟子)をしていたことがあり、息子さんも現在、家元の所で内弟子をしているせいもあるのでしょうか、お道具の数々は目を見張るものがあります。東京で習っていた先生も、小さな社中であったにもかかわらず、お道具はいいものが揃っていました。私は幸せな生徒だなあと思います。

yukacanさん

  1. 2009/01/07(水) 14:54:28 |
  2. URL |
  3. とも
  4. [ 編集 ]
行きは、和服のまま私が車を運転をして行き、帰りは娘が運転してきてくれましたよ。着物を着て車を運転するのは、帯が邪魔になってとても運転しづらいです。今回の初釜はお天気に恵まれましたが、大雪の年もありました。先生の所の駐車場は狭くて、おまけに除雪も行き届いていないので、大雪になると、一大決心をして朝早くに出ます。着物に長靴で行ったこともありましたっけ。

懐石料理は、奥さん先生と、弟子の中のひとりが裏方専門で手伝います。今年は、不況のせいか、はたまた作る人が変わったのか、味付けが違い、お肉の大きさ(毎年鶏肉の照り煮が出る)が小さかったの。

一緒に泣いてくれてありがとう。昨夜は夜中に何度か目が覚めて、「あぁ、娘がいない」とため息をつきましたが、今日にはもう、さっぱりしたいつもの気分です。切り替えは早いの。

コメント、送れなかったの?どうしたのかしら。回線のせいかなあ。

正月の2日か3日に

  1. 2009/01/07(水) 16:01:23 |
  2. URL |
  3. cake
  4. [ 編集 ]
NHKのBS2で、お茶の番組をやっていました。
もっと前に気が付いていたら、録画もしていたのですが、表千家が主でした。表千家と裏千家が、千利休の長男と次男で分かれていたのも知りました。私はまったくの素人なんです。お茶の道具を作る10の職人、千家十職も知りました。見立てと言う言葉も知りました。
何だか、知れば知るほど、千利休の目指したお茶の世界観と、現在のお茶が離れているような気もします。
まぁ、戦国時代以降、お茶の道具を、領地の代わりに大名にくれて、権力を誇示した殿様がいたわけですから、千利休も切腹させられたし、思い通りにはならなかったのでしょうが、彼の自然を見立てると言うのは良いなと思いました。
ああ、録画すれば良かった。ちょっと悔しい。

ともさんのいらした初釜は、もう凄いの一言ですね。そんな中で、カメラで撮して、何も言われませんでしたか。もしかして、秘密情報員のように、隠しカメラだったりして・・。

お濃茶は、本当に良いお茶のようですね。
ちゃんとしたお茶席でないと、戴けないものですし、その茶席が何日も続くのも、大した物だなと思います。先生も大変でした。それが楽しみだと仰る先生もいらっしゃるので嬉しいのですが。

娘さん、帰られましたね。ともさんと娘さんが、ともさんのお母様とともさんのように、「同じだ。」と思えました。どんなに来るのを楽しみにしているのか、帰るのが寂しいか。楽しかった分だけ、余計に寂しくなりますね。

あ!

  1. 2009/01/07(水) 16:05:19 |
  2. URL |
  3. cake
  4. [ 編集 ]
コメントを送った時に、もたつきました。
時間がかかったけど、ちゃんと送れました。
ただ、コメントした記事を再度読もうとしたら、画面が携帯用の画面に変身しました。やっぱり、何かおかしいかも知れませんね。
私も、コメント弾かれた経験があります。

利休さん

  1. 2009/01/07(水) 22:07:50 |
  2. URL |
  3. とも
  4. [ 編集 ]
私は、学問的に茶道の勉強をしていません。私の最初の先生は「楽しみなさい」と、教えてくれました。今の先生も、最初に茶道の教授になりたいのかどうかたずねられて、人に教えるつもりがないと答えると、「楽しみなさい」と、教えてくれました。

「道」というのは、楽しみながら出来るものではないと思います。が、私は今の楽しみなさいの、それでいいのです。利休さんのシンプルな教えが、今は、尾ひれはひれが付いる、形ばかりが先行する茶道になっていて、私は付いていけないのです。

正直にいうと、茶道の先生でも、これでいいのか?という方もいます。たとえば、今回も、教授の方なのに懐石料理の中でも、皆でわかちあう和え物料理や漬物をを、後の人のことを考えずに自分の器にたっぷりと取り、後の人が足りなくなって四苦八苦する場面もありました。ほんとはね、懐石を出す方が、余るほどに出さなきゃならないんでしょうが、そうじゃない時は、みんなで分かち合わなきゃならないのにね。
どの世界でも、色んな面があるものですよね…

はい、娘が帰って寂しいと思うぶん、私も母に寂しい思いをさせていると思います。子をもった宿命です。いつか、子は親から離れていくわけで、それは、身を切るような寂しさであり、哀しみです。三歳までに味わわせてもらった親の喜びを、あとになってつけを払っているわけです。そうしながら、親も成長させてもらっています。

でもね、自分のしたい事があると、子供がいない寂しさも長続きしません。私は、幸いなことに、したいことがたくさんあるので、子供がいなくなって悲しむ時間はちょっとですんでいます。ありがたいことです。

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